徳島県小松島市立江では、切り出した竹筒に火薬を詰めて作る「立火花火(たてびはなび)」が、毎年秋の立江町八幡宮の祭りに奉納されています。吹筒(ふきづつ)花火とも呼ばれるこの花火は、高さ約7メートルの竹筒から豪快に火花が舞い落ち、夜空に幻想的な光景を描き出します。
地元の竹林で竹を伐り出し、一本一本を加工して火薬を詰める――そんな昔ながらの製法は、明治の頃から地域の若者たちによって受け継がれてきました。現在は煙火保存会の人々が、その技と心を次の世代へとつないでいます。
今回は、ご縁をいただき、この伝統の立火花火づくりを取材しました。花火づくりの文化と、立江八幡宮周辺に広がる穏やかな景色を、少しでも残していく一助となれば幸いです。
1. 竹の切り出し

竹の切り出しと下処理は6月の初旬に行われます。地元の竹林から、ちょうど良い太さのまっすぐとした竹をおおよそ同じ長さになるように切り出します。節の近くに切れ目を入れ、安全な形で慎重にノコギリを入れていきます。訪れた時に竹林の簡単な清掃も行い、翌年の切り出しも円滑に行えるようにしていきます。

2. 竹の下処理

集められた竹は、一本一本正確に寸法を測って長さを整えられます。竹の内部は節の部分が塞がっているので、専用の棒を使い、底以外の節を取り除いてきれいな空洞にしていきます。

底以外空洞にした竹は、火にかけて水分を飛ばしていきます。水分を含む生木は、いとも簡単に裂けてしまうため、水分を飛ばして硬くしていく必要があります。表面に浮き出てくる水滴を拭き取りながら竹筒が黒く硬い状態になるまでじっくりと熱していきます。

これで下処理は終わりです。9月の初旬ごろまで寝かせ乾燥させておきます。
3. 花火作り
竹筒に縄を巻く

9月頭地元の花火工場である市山煙火商会で花火作りが行われます。まずは竹筒の強度をさらに上げるため、縄を竹に巻いていきます。縄がしっかりと竹に固定するため、畳の表面に使われるい草でできた敷物、茣蓙(ござ)を巻いていきます。

元々は酒樽などを巻く、藁で編まれた(こも)藁が使われていましたが、高額で買えなくなり、代わりに地元の畳屋さんから譲ってもらうことができた古い茣蓙が使われるようになりました。

茣蓙を巻いた竹筒を専用の機械に掛け、縄を巻いていきます。ひとりがハンドルを回すと自動的に竹筒に縄が巻かれていきます。もうひとりがたるまないように縄を引っ張り、さらにもうひとりが棒で叩いて隙間を無くしていきます。

単純な作業のように見えますが、しっかりと縄を固定し、本番にしっかりと竹筒を固定するように針金を絡ませながら縄を巻く必要があります。若い人々がベテランから細かなやり方を教わりながら交代で作業を進めていきます。
火薬の調合

同時に火薬の調合が行われます。様々な火薬を秘伝の割合で調合していきます。だまにならないように何度も篩にかけ、完全に均等な配合になるように丁寧に調合されていきます。


しっかりと混ざった火薬は、焼酎を霧吹きで浴びせて湿らせて団子上にし、竹筒に詰めやすい形状にします。
火薬を竹筒に詰める

最後の工程として、丸めた火薬団子を竹筒に詰めていきます。木の棒で何度も押して圧縮しながら竹筒を火薬で満たしていきます。「花火は圧縮。いかに圧縮できるかで綺麗な花火になる否かが決まる」と、煙火保存会の皆さんが綺麗な花火を生み出すコツを教えてくれました。

交代で作業をし、たくさんの花火を作っていきます。

しっかりと火薬が詰まったら、乾燥で剥離を防ぐためにしっかりと封をして完成です。

秋祭り

毎年9月20日頃、徳島県小松島市の立江八幡宮で開催される秋祭り。煙火保存会は、お祭りの会場を立火花火を担ぎ、以下のような歌を歌いながら社殿まで歩いていきます。
♫今宵はせ〜 八幡宮の よいよい
年に一度の秋祭り よいせとこせ
ここで生まれし若者が遠く昔の縁より
引き継ぎ伝えし伝統の立火花火の技を継ぎ
丹精込めたる吹筒で氏子みんなの幸せと
五穀豊穣祈願して豊穣ちりがん
めでたやよい それは末繁盛
あそらそらやっとこせえの
よおい や〜なあやな
これは伊勢の ささなんでもせ
あめでたいめでたい
社殿で祈祷とお祓いを済ませたら、いよいよ奉納です。
奉納

暗がりの中で7mの高さに花火を3〜4箇所設置し、一斉に点火します。点火するとすぐに紅い火の粉がこぼれ落ち、シューという音とともに見る見る勢いが増していきます。火の滝のような花火と、その下を保存会員が舞を踊る風景は圧巻で幻想的です。ちなみにこの舞ですが、元々は上半身裸になり、はしごに登って火の粉を浴びながら拍子木を鳴らしていたそうです。点火から数分でボンッという音とともに終わりを迎えるまでの間、夢のような光景を楽しむことができます。

立火花火は、天文(1532〜1555年)の時代に小笠原氏により花火づくりの文化が信州(長野県)から伝えられたことが始まりだと言われています。平成元年に結成された煙火保存会に受け継がれるまでは、地域ごとに複数花火づくりを行う若者の組があったそうです。現在も若者に引き継がれ、秋祭りを彩る美しいこの文化が、この先も続いていくことを願っています。